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スペシャル
原作:つるまいかだ先生×オープニング主題歌担当:米津玄師さんスペシャル対談

米津さんが主題歌を担当されると聞いた時、つるまさんはどう思われましたか?

だいぶ昔の思い出話になってしまうんですけど、私は昔ボーカロイド楽曲にハマっていて、その時に初めてハチさんのことを知ったんです。初めて聴いたのは「Persona Alice」です。当時「週刊VOCALOIDランキング」というものがありまして……それをきっかけにハチさんのファンになりました。

非常に懐かしい話ですね。



思春期の頃、周りの人があまり知らない“自分だけのもの”を好きでいたいという思いがあって。ハチさんの楽曲を好きでいることが、自分の不安定なアイデンティティを形作るひとつの要素になってくれていたんです。 大人になった今も、当時の不安定な自分のことも大切に思っているし、その頃の感覚を忘れないためにも、米津さんの曲は新曲が出る度に欠かさず聴いていました。だから、アニメになるだけでも念願が叶った気持ちなのに、さらに米津さんが主題歌を歌ってくださるとなった時は、ちょっと現実の出来事だと信じられなかったですね。でも「いや、ここで喜ばないでどうするんだ」と、担当編集さんと「すごいよ、音楽界の金メダリストだよ!」って大はしゃぎしました。ハチさんのことを好きな人は星の数だけいて、あくまで私はその中の一人だったというだけなのですが、偶然とはいえすごく嬉しかったですし、本当に光栄なことだと思いました。

まさかそんな初期から聴いてくれていたとは露知らず、とても嬉しいです。



主題歌「BOW AND ARROW」の制作にあたり、米津さんは『メダリスト』のどの辺りから着想を得たのでしょうか?

主人公二人の関係性にすごく尊いものがあるなと、それが作品の第一印象でした。自分は成人男性ということも含めて、やっぱり司に感情移入するところが大きいというか。いのりとの対等な関係は前提としてありつつも、年齢が離れているので、自分だったらあの年代の女の子と大人としてどうやって向き合うだろうかと考えたり、想像したりしていたんですよね。自分は司ほど実直な人間ではないので、こんなに巧くはできないだろうなと。そういうところから、作品のためにも自分のためにも1曲作れるんじゃないかと思いました。

「BOW AND ARROW」というタイトルの由来は?

モチーフが最初から決まっていたわけじゃなくて、アニメ尺の曲を作り終わって、タイトルを決めなきゃいけないという話になり、どうしようかなと思っていたんですよね。ただ“押し出す者”と“押し出される者”という関係性の象徴的なものとして「手を放す」っていう言葉だけがあって、そこにどう決着つければいいんだろうと。“押し出す者”と“押し出される者”なら戦闘機のカタパルトとか、ハンマー投げとか、そういうことをうろうろと考えて、最終的に弓と矢、「BOW AND ARROW」っていうことになりました。今になって弓と矢にしておいてよかったと思います。

つるまさんは「BOW AND ARROW」をお聴きになって、いかがでしたか?

一聴して米津さんだ! と確信できる唯一無二のメロディラインに、紛れもなく『メダリスト』を表現した歌詞が乗っていて、感動が大きすぎて噛み締めるのに時間がかかりました(笑)。米津さんも仰っていた「手を放す」は、私も一番刺さったフレーズです。手を握ることって、子供の心の安全基地を形成するためには絶対に必要な過程ですけど、個人として生きる強さを獲得するためには、冒険や旅立ちも必要で。そうした“送り出す”側と“送り出される”側の敬愛を『メダリスト』では描きたいなと思っていたので、それを「手を放す」という温かくて強いフレーズで表現できるんだと、すごく感動して心に刻まれました。そうか、あれは「手を放す」って言うんだと。

ありがたいことです。やっぱり主題歌というものを作る時って、自分は部外者なので、これで大丈夫かなみたいな不安は毎回ありますから。だから、そういう言葉を聞けると安心できるというか、すごく嬉しいです。

米津さんしか作ることができない特別に調合された絵の具で『メダリスト』が熱く彩られたみたいな、作品に新たな名前をつけてもらったみたいな、そういう気持ちになりました。私からは出てこない言葉で、この世界を新しく語られているような……。「ソワレ」とか絶対に出てこないです。カッコよすぎると思って、すごく嬉しかったです。「BOW AND ARROW」っていうタイトル、私は第1話の映像が上がった時のエンディングクレジットで初めて知ったんですけど、観た瞬間に「BOW AND ARROW」……そうか「弓と矢」なんだって感動しました。

「BOW AND ARROW」のフル尺バージョンが公開された時、米津さんはSNSで新たなアレンジを加えられたことを語っていましたね。

あれは結構、自分としてはすっげえ申し訳ないっていう気持ちが強くて。そもそもワンコーラスを作って、89秒のアニメ尺をお渡ししたあと、作業の工程に一旦間が空いちゃったんですよね。その後、フル尺を作ろうとなった時にはもう自分のやりたいことが変わってしまって、今だったらこういう形にしたいなと思っちゃったんですよ。一度そう思ったら最後、もう最初からやり直すしかない形になっちゃって。アニメの視聴者からしたら、あの形でフル尺を聴きたいだろうなっていうのは重々承知でしたけど、申し訳なかったですね。でも、どうしようもなかったというか。

私もフル尺を聴かせていただいたんですけど、イントロに新しいメロディが入っているところ、すごくカッコいいなと思いました。これは私が勝手に感じていることですけど、米津さんは私たちが想像もできない領域にいる方、まだ誰も“この先に何があるのか”を知らない扉の前にいて、開き続けていく方だと思うんです。だから、心を砕いて曲を作っていく瞬間瞬間の気持ちはすごく大切なものであると同時に、扉を一つ開けた先、過去と今とで曲に対する気持ちが変わったら、それをそのまま反映するのも必然なんだろうなと。きっとそれは勇気がいることですよね。私も連載版と単行本版で、めちゃくちゃ変えちゃうタイプなので、ちょっと分かる気がします。すっごく加筆しちゃうし、セリフも変えちゃう。なので、米津さんの気持ちには共感しますし、むしろ形が変わることでアーティストとして誠実に向き合ってくださっているのを感じます。

そう思ってもらえるとありがたいです。なんか変えたくなっちゃうんですよね。なんでこんな風にしたんだろうなと。そこは聴く人がどう感じるかっていうことなので、こっちで変にコントロールしすぎるのも良くないなとは思うんですけど、変えたくなっちゃうんです。そういう感じは常にありますね。  作家の宮沢賢治も自分の作品をあとから変えていくところがあって、『銀河鉄道の夜』も何回も直していて、そこがいいなと思うんですよ。世に出した瞬間、そこですべてが固定化されるよりも、作った当人の中にいろんな変遷があり、それによって姿形が変わっていくことが美しいなっていう風に感じた記憶があって、そういう影響もあるかもしれません。ただ、関わる人や聴く人が多いエンタメでは、あまり滅多なことはするもんじゃないなとも思いますけど。

そこは本当に難しいところだと思いますね。



「BOW AND ARROW」のジャケットイラストは米津さんが描き下ろしたいのりでしたが、その制作過程についてもお聞かせください。

いのりちゃんを描こうとは思っていたんですけど、やっぱり“他所様の子”という印象があるので、描くにあたって失礼があってはならないというか。「1回うちで預かります」みたいな、そういう気持ちが自分の中にありました。小学生のかわいい女の子を描くという経験がほとんどなく、それを成人男性が描くというところも含めて、ちょっとした緊張感や不備があってはならないみたいな気持ちが最初はあったんです。それに加えてドレス姿っていうところが、どういう構造になっているんだろうと、ずっと漫画を見返したりしながら描いていましたね。  ドレスを描くのに引け目があるから私服の姿にしようかなと、一瞬よぎったんですけど、そこはやっぱりハレの姿で描くべきだなと思ったし、何よりもまず圧倒的にいのりちゃんを肯定しなきゃならない。そういう使命感みたいなのものもあって、楽しかったですけど結構緊張しました。

そんな気持ちで向き合ってくださったとは……。米津さんが主題歌を担当すると決まった瞬間から、どんなジャケットを描いてくださるんだろうと、ずっとそわそわしていたんです。歌詞の内容から、司単体か司といのりの二人が描かれるのではと思っていたので、いのり単体とはまったく考えてなくて。だから、かわいさを前面に出したいのりが目の前に現れて、本当にかわいくて、ビックリしました。今まで見てきた米津さんの絵の雰囲気とも全然違って。ついにジャケットを見られたというカタルシスと、かわいらしさへの感動が同時に押し寄せてきました。

自分が手癖で絵を書くと、大体目つき悪くなるんですよね。この世を恨んでいそうな顔になるというか。でも今回は、それを出しちゃいかんだろうと。ちゃんとかわいく、そして、圧倒的に肯定できるような形で描かなければっていう意識が強くありました。

今「肯定」っていう言葉を使っていただいたんですけど、私もこの絵を見た時に、自分を肯定されたような気持ちになりました。これまで出版社の方が「メダリスト」に力を入れてくださってもなかなか売り上げが伸びず、それを私は自分の絵柄のせいだと思っていたんです。絵柄へのコンプレックスが強かったんですが、米津さんの絵を見た時に、自分が肯定されたようで嬉しくて。改めて「この絵でいいんだ」と、これからもいのりをキラキラさせようと思えました。

では、アニメのオープニング映像を最初にご覧になった時はいかがでしたか?

最初に「こういう形になります」っていう制作途中の仮映像を見させてもらったんですけど、その時点からいいなと思いました。やっぱりアニメって子どもの頃から親しんでいたものだし、オープニングの高揚感みたいなものを未だに強い感情として覚えていたりするので、その時の感動するような気持ちを思い出します。自分が好きな漫画に曲を書くことができて、さらに曲に合わせたアニメーションが乗っかってくるっていうのは、本当にただのオタクの夢だなと思いました(笑)。もう幸福と呼ぶ以外ないなっていう感じでしたね。長くやってきてよかったなと。

私は絵コンテの段階から見せていただいたんですけど、でき上がった時の感動が凄まじかったですね。完成映像では、いのりと司が向き合うイントロで、音に合わせて雲がこっちに向かって流れてくるところに、こういうところも拾ってくれるんだと嬉しくなりました。本当に素晴らしいクオリティで、撮影も映像も素晴らしくて、サビが入るところは何度も一時停止して観ました!ENGIさんがこのアニメにすごい熱量と愛を持ってくださっているのが、このオープニングにギュッと詰まっていて。制作スタッフの皆さんはどれだけ頑張ってきたんだろうと、その積み重ねを感じてちょっと涙しちゃうこともあり……。そこに米津さんの曲も相まって、「見なよ、俺のENGIを」みたいな気持ちになりました(笑)。そのくらい皆さんの愛が映像に集結しているので、私にとって本当に大切なオープニングになりました。

オープニングには、つるま先生からのアイディアなども盛り込まれたとか?

そうなんです。それができる制作チームだったというのがすごいことで。関わる人みんなで平等に意見を出し合って、ひとつのものを作ることができる機会というのはあまりないことですし、ありがたいなと思います。最初は、原作者が意見を出すと重く受け取られてしまうのではと怖かったんですけど、皆それぞれの個性を尊重しあえる空気だと分かってきたので、私も臆せず意見を言うことができました。そういう意味でもこのオープニングはアニメチーム全体の雰囲気とか、米津さんからの愛とか、全部が乗っかった最上級のものになったなと思います。

それはすごくいい話ですね。客観的に聞いていても楽しそうだし、大変なことはあっても風通しのいい空気感で作られたんだなっていうのが感じられて、それはすごくいいことだなって思いました。


ありがとうございます。



米津さんは数々の映像作品で主題歌を担当されていますが、タイアップ曲を手掛ける上で日頃から意識されていることはありますか?

一応の基軸として、オープニングとエンディングがあるアニメで言えば、オープニングを作る時は物語の「要約」、エンディングを作る時は「余韻」っていう風に最低限決めてはいますね。ただ1作1作に違いがあるので、決めてはいるものの、そんなにあてにならないなと思っています。主題歌って、あくまでも添え物だなっていう意識もあって、本編に関与しないところも含め、もっと悪く言えば別にあってもなくてもいいものなので、そういう意味では気が楽っちゃ楽だとも言えるんです。 ただ、子どもの頃に観ていたアニメとか頭の中でふと思い出したりすると、断片的な映像が流れていく後ろで薄っすらと主題歌も流れていたりするんですよ。逆に何かのきっかけで主題歌だけを聴くと、そのアニメ映像がパッとフラッシュバックしてきたりもする。主題歌ってそういうあってもなくてもいい外部的なものだけど、だからこそ物語やキャラクターに対する視聴者の体験みたいなものを強く委託されるような機能があると思うんですよね。そう考えると、すごく気を使うし、台無しにしちゃいかんなとも思う。それこそ変な曲にしてしまったら、頭の中で思い出した時に後ろに変な曲が流れるような感じになるだろうから、観た人たちの中には美しい記憶として長く残ってほしいなと。そういう気持ちは強くあるかもしれません。

今回はお二人の初対談となりましたが、お話されてみて刺激を受けたところなどありましたら最後にお聞かせください。

ライブにも一度来ていただいて、その時に初めてご挨拶して、お会いするのは2回目なんですけど、すごくいい意味で漫画の印象通りの人だなと感じましたね。漫画を読んでいて感じた熱さとか、それでいて理知的で冷静な部分もちゃんとある。喜怒哀楽みたいなところも含めて、本当に「やっぱりそうだよな」って思うことが多くて楽しかったです。

ありがとうございます。実は今回の対談が決まった時から心配していたんです。こんなに素晴らしい、世界中にお名前を轟かせている方なので、米津さんを前にしたら、私が私自身でいられなくなるんじゃないかと(笑)。でも、そんな気持ちを解いてくださるような話し方で接してくださるので、今日も「米津さんとなら大丈夫」という気持ちで、私らしくいっぱいお話することができて嬉しかったです。私もクリエイターとしても人柄としても、少しでも米津さんのようになれたらと思いますし、すでに全人類聴いてるかもしれないけれど、もっともっと「BOW AND ARROW」を多くの人に聴いてほしいです。キスアンドクライみたいに、選手達が送り出されるあの瞬間が『ボウアンドアロー』と呼ばれるようになってほしいです! 私も頑張ります!